2006年08月20日
ラジカル・ガジベリビンバ・システムの頃
土曜日は重要な会議だった。
おかげで昨夜は肩の荷が一気に下りて、ビール6本で早々に撃沈。
日曜日だと言うのに随分と早起きをしてしまう。
しかし「早起きは三文の徳」とはよく言ったもので、
CSテレビで懐かしい「ウゴウゴ・ルーガ」の再放送を見ることができた。
この「ウゴウゴ・ルーガ」は一見子供番組風で、実はオトナの笑いを狙っていた。
オン・エアされていた92年頃はわざわざ朝5時半に起きて見ていたものだ。
実は「ウゴウゴ・ルーガ」が放送される7年前にも同じコンセプトの番組があった。
知る人ぞ知る「ぱっくんたまご」。
出演者が「シティーボーイズ(大竹まこと・きたろう・斎木しげる)」と
パントマイムの中村ゆうじってあたりからもう確信犯だ。
「ウゴウゴ・ルーガ」と「ぱっくんたまご」の共通点は
オトナが子供を、子供扱いしていなかったってトコロだ。
子供番組に必要な「予定調和」よりも予定外のハプニングを見せ物にしていた。
この「ぱっくんたまご」では、言う事を聞かない子供にキレたり、
完全無視の姿勢をとっていたのが新鮮で可笑しかった。
残念ながら「ぱっくんたまご」は短期間で終わってしまったけれど、
おいらはおかげでシティーボーイズや中村ゆうじに興味を感じ
やがて彼らが参加していたギャグ・ユニット
「ラジカル・ガジベリビンバ・システム」にハマってしまう。
仕掛人・いとうせいこうが編集していた「ホットドッグ・プレス」も
「ラジカル」系お笑いページを中心に欠かさず読んでたっけ。
「判る人だけ笑え!」的な独特なギャグは「同人誌」的な世界ではあったが、
92年の解散後も「ビシバシステム」や「スチャダラパー」が
「ラジカル・ガジベリビンバ・システム」の精神を受け継いでいる。
「ぱっくんたまご」で始まり「ウゴウゴ・ルーガ」で終ったバブル期。
トレンドに泳がされ、トレンドで遊んでいた時代だ。
Posted by ありんくりん at 10:15│Comments(0)
│ビバ昭和!